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イベントレポート

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2015年5月13日(水) 19:00~21:00

青木 ハヤト (あおき はやと) / soccer junky 代表

サッカー日本代表のユニフォームサプライヤーを目指して。

欧州組または、海外組とよばれるように欧米をはじめ海外で活躍する日本人サッカー選手が増え、毎年多くの選手が世界に旅立つのが、オフシーズンの見慣れた光景にもなってきました。しかし、ユニフォームなどのサッカー用具の世界に目を向けてみるとアディダス、ナイキ、プーマをはじめとした欧米のブランドが高いシェアを誇り、日本のブランドを目にする機会がほとんどありません。サッカー日本代表のユニフォームでさえも、欧米のブランドがユニフォームサプライヤーを長らく務めています。そんな中、国産ブランドとして、世界で普及する事、日本代表のユニフォームを国産ブランドとして手がけることを夢見て、挑戦を続ける新鋭のスポーツ用品ブランドsoccer junkyの青木ハヤト氏に、今後の展望と奥寺康彦氏の個人サプライヤー、横浜FC、そしてサイパン代表のユニフォームサプライヤーなどユニークな取り組みを続けるイマをお話しいただきました。

始まりは「ストリートサッカー」

今年からJ2横浜FCのユニフォームサプライヤーとなった『soccer junky(サッカージャンキー)。「全てのフットボールを愛する人に向けたストリートサッカーブランド」と銘打った同社のグッズは大手ブランドにはない稀少性やフレンチブルドッグをキャラクターにあしらったポップなロゴが特長。セミナーでは代表であり、選手としてペルーでもプレーをしていたというキャリアを持つ青木ハヤト氏にブランド立ち上げまでの経緯やその目指すところについてお伺いしてみた。

青木氏とサッカーとの出会いは高校時代の部活動。本人いわく「うまいというよりも足だけが速い選手でした」。その足を評価されて高1からレギュラーに。3年ではインターハイ出場。高校選手権では「中村憲剛選手のいた久留米に敗れてベスト8」。当時の「夢」は当然ながらサッカー選手だった。

「ただ、進学した大学のサッカー部で喫煙をしている先輩たちを見て幻滅してしまい退部してしまったんです」

そんなときに出会ったのが「ストリートサッカー」だったという。

「青山墓地の横に、いろんな国の人たちがサッカーを楽しんでいる広場があって、僕もそこでプレーするようになったんです。たまたま犬の散歩をしているラモス瑠偉さんに出会ってサッカーを教えてもらったり、気が付いたら1日8時間くらいストリートサッカーに明け暮れていました。soccer junkyという理念もここからスタートしたように思います」

窮地からのブランド設立、そして横浜FCのサプライヤーへ

その後しばらくは選手として活動。フットサルチームに所属したり、南米ペルーのクラブチームで1年間プレーをしたりした。そんな青木氏がアパレルの世界に入ったのは2005年。知人に誘われてフットサルブランドの立ち上げを経験した。ここで得たノウハウをもとに「soccer junky」を設立したのが2007年。ブランド名の「soccer junky」は、「自分の携帯のメールアドレス」から流用した。

「その頃、自分で仲間向けにサッカージャンキーカップという大会を開いていたんですよ。何か景品をつくってよ、と言われて、じゃあやろうかと立ち上げたのが『soccer junky』だったんです」

もう少し詳しく事情を明かすと、その頃は「仕事では窮地に立たされていた」。関わっていたフットサルブランドが諸事情により解散。生きていくためには自分で何かを始めねばならなかった。とはいえ、短い期間でブランドを転々としているとまわりの見る目は厳しい。

「スポーツ業界は狭い。案の定、バイヤーの人たちからはスポーツ店をなめるなよ、と1年間干されました。それでも取り扱ってくれる人たちがいて、何とかやってこられたんですね」
ロゴにはポップなフレンチブルドッグのイラストを採用。「クラウディオバンディアー二」と名付けたフレンチブルドッグは「大好きな『ジョジョの奇妙な冒険』に登場するイギーと、俳優の勝村政信さんの愛犬」をヒントにつくりあげた。普通、動物のロゴというとシャープなデザインが多いが、「クラウディオバンディアーニ」は「キャラ立ち」をさせるためにあえて逆の発想でポップなものに仕立てた。

立ち上げ当初は「ギア系はやらずにカジュアル系のみを販売」。他のメーカーと違い在庫はなるべく持たずに「稀少性」を売りにした。業界では異例といえる「新作を毎月発表する」といった手法で少しずつ認知を拡大。現在はカジュアル系、ギア系の他、イラストレーターのジェリー氏とのコラボレーションである「JERRY LABEL」やシャープなラインが人気の「SOCCER NUT」など、4つのレーベルを展開している。ギア系を始めたのは2014年の秋冬から。横浜FCのスタッフから「サプライヤーをやらないか」という声がかかったのも、ちょうどそのときだった。

衣類を通じて日本のサッカー文化を海外に広めたい

チームとは広告代理店としても契約。初めてとなるクラブチームとの仕事は「奥が深い」。新しいグッズの開発にあたってはチームやサポーターの要望を取り入れた。三浦選手をはじめ選手たちからは日本のサッカー界の「いいところや悪いところ」を聞いた。そうしたことはたんに商品づくりだけではなく、「日本のサッカーを盛り上げるためのアイディアづくり」にもつながっていくという。今年からは横浜FCの他に北マリアナ諸島のサイパン代表、アルゼンチンの強豪インデペンディエンテの下部組織であるU12のチーム、ボカ・ジュニアーズジャパンのサプライヤーとしても活動を開始。そこには「衣類を通じて日本のサッカー文化を海外に広めたい」という思いがある。

このセミナーの前日まではイタリアを視察していたという青木氏。そこで得た実感は「まだまだヨーロッパでは日本のサッカー文化は知られていない」といったもの。本田選手や長友選手など、ヨーロッパのクラブチームで活躍する日本人選手はいるが、サッカー文化や日本文化全体となると知られていないし、映画などを観ても「日本と中国とごっちゃになっていたりする」。これを衣類のブランドである『soccer junky』が変えていくには、やはり「ヨーロッパのチームのサプライヤーになること」。その足がかりとしてイタリアではFCインテルのオフィスを訪問し、元GKのトルド氏とサネッティ氏などインテルのOBで構成されるインテルフォーエバーとジェリー氏のイラストを起用したグッズを商品化するといった話を進めてきたという。

「夢はいくつあってもいい」というのが青木氏の持論。「日本のサッカー文化を洋服を通じて世界に知ってもらう」という「夢」ともうひとつ、『soccer junky』が目標としているのは「日本代表のユニフォームサプライヤーになること」だ。

「何か新しいことを始めるときというのは否定されるもの。日本代表のサプライヤーを、なんて言うと鼻で笑われちゃうんですけどね、僕にはそれが逆にチャンスに思えるんです」

8期目を迎えた『soccer junky』。ここで紹介した他にも、横浜FC会長の奥寺康彦氏個人とのサプライヤー契約、野球などサッカー以外のグッズの開発など、着実に事業を広げている。それを支えるのは「人とのつながりです」と青木氏。

「『soccer junky』を始めてから、僕は一度も営業をしたことがない。すべては人とのつながりから生まれたもの。これからもそれを何よりも大切にやっていきたいですね」  

講師紹介

青木 ハヤト (あおき はやと)
青木 ハヤト (あおき はやと)
soccer junky 代表
本格的にサッカーを始めたのは他人より遅く、日体荏原高校入学時のサッカー部への入部であるが、三年生の時にはインターハイ出場を果たすという奇跡的な経験を持つ。卒業後はペルーで1年間選手として活動した後、フットサルブランドの立ち上げを経て2007年にサッカーブランド「soccer junky」を立ち上げる。2015年からは、横浜FC、サイパン代表のユニフォームサプライヤー等を務めている。また、奥寺康彦氏とのサプライヤー契約などの実績もあり、個人からチームまで幅広くサポートしている。

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