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イベントレポート

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2015年11月7日(土)14:00~16:00

車 浮代(くるま うきよ) / 時代小説家、江戸料理研究家

浮世絵の基礎からわかる「春画入門」

今秋より永青文庫にて、日本初の「春画展」が開催されている。これは2013年から2014年にかけて、大英博物館で開催され、好評を博した「春画展」の凱旋記念展に当たる。この展示を楽しんで見られるように、春画とは何か?浮世絵との違いとは?どういった人が購入していたのか?価格はどれくらいだったのか?春画で描かれているデフォルメの意味とは?といったさまざまな疑問を、発売一週間で増刷された『春画入門』(文藝春秋)を刊行し、昨年、小説『蔦重の教え』(飛鳥新社)がベストセラーとなった著者車浮代氏にご説明いただいた。春画と浮世絵の発祥から技法、春画を描いた絵師や作品紹介、鑑賞方法、欧米に与えた影響まで、秘蔵春画を交えながらお話しいただいた。また現在の木版画技術では再現不可能と言われる、彫師(ほりし)と摺師(すりし)による超絶技巧にも迫った。

苦しい「憂き世」から、天下泰平の「浮世」へ

2013年から2014年にかけてロンドンの『大英帝国博物館』で開催された日本の「春画」展。9万人という入場者数を集めた展覧会は現地の大手新聞からも最高の評価を与えられたという。春画はいまや世界が認める芸術。講師の車浮代氏が浮世絵の講演会などでいつも強調するのはその「春画のすごさ」だ。
「春画を描けるのは浮世絵師として一流の証。喜多川歌麿や葛飾北斎、歌川國貞、歌川國芳など高名な浮世絵師たちの大半は手がけていましたし、そうした絵師たちだけではなく、木版を彫る彫師(ほりし)やそれを摺る摺師(すりし)にしても春画には一流の職人が携わっていました」

今回のセミナーは浮世絵研究歴約20年の車氏に、「浮世絵とは何ぞや」という基礎から春画の歴史、その特徴や技法、代表的作品、海外の画家に与えた影響などさまざまな視点から春画と浮世絵について語っていただいた。

まずは「浮世(うきよ)」という言葉。文字からすると「うきうきとした楽しい世」といった印象を受ける「うきよ」だが、もともとの表記は「仏教的厭世観(ぶっきょうてきえんせいかん)」を意味する「憂き世」。天下泰平の世となる以前の戦乱の時代、庶民にとって現世は「地獄」であり、仏教では「今生を精一杯生きることで修行を終えて極楽浄土へ行こう」という教えを説いていた。それが江戸期に入って世の中が落ち着くと、庶民が生きることを楽しめるようになった。「浮世」とはその頃に生まれた流行語。やがて当代の絵師たちは、この浮世の生活ぶりを風俗画として描くようになっていく。人々はそれを「浮世絵」と呼んだという。
「この風俗画の始祖と呼ばれているのが戦国時代の武将だった荒木村重の息子の岩佐又兵衛。庶民の姿を活写していた又兵衛の絵は世の絵師たちに影響を与えていきます」

その代表格が『見返り美人』や『表四十八手』で知られる菱川師宣。「日本初の浮世絵師」である師宣は、大坂でベストセラーとなっていた井原西鶴の『好色一代男』が江戸で再版される際に挿絵を担当。これが評判となり、たちまち人気絵師となる。
「師宣の優れたところは浮世絵を版本の挿絵から独立させて木版画としたところです」

多色刷り木版画の「大発明」

17世紀の木版画はまだ墨一色の「墨摺絵(すみずりえ)」。
それが時代を経て18世紀になると「丹絵」や「漆絵」、「紅絵」といった手塗りで色をつけられた浮世絵が登場する。これが現在よく知られる色鮮やかな摺による浮世絵となったのは明和2年(1765年)。この頃の江戸は「サロン文化」が華やかなりし時代。裕福な旗本や商人たちが「連」と呼ばれるサロンをつくり、狂歌や川柳の会などを催していた。彼らがとくに凝っていたのが「絵暦」と呼ばれるカレンダー作り。あまりに盛んだったため、コンクールまで開かれていたという。

なかでも旗本の大久保忠舒(おおくぼただのぶ)は「絶対に優勝したい」と、絵師に鈴木春信、彫師に遠藤五緑(えんどうごろく)、摺師に湯本幸枝(ゆもとこうし)という腕の立つ職人を集め、重ね刷りに耐えられる紙や発色のきれいな絵の具を研究させる。記録には残っていないものの、鈴木春信と同じ町内に住んでいた平賀源内もこれには加わっていたといわれている。ついにはそれまでになかった多色刷りの絵暦『夕立』などを完成。これによって浮世絵版画の技術は一気に高まった。その衝撃度は「モノクロテレビしか知らなかった人がカラーテレビを目にしたようなもの」。
こうした絵は「東錦絵(あずまにしきえ)」と名付けられ、初期のものは高価であるにも関わらず「飛ぶように売れた」。強みは木版画ゆえに量産が可能な点。値段が現在の400円~1,200円程度に落ち着くと庶民や武家の間でも大流行。参勤交代の際の江戸土産としても人気があったという。今も地方の民家の蔵などから浮世絵が大量に発見されたりするのはこの名残りだ。

錦絵の浮世絵で最初に流行したのはブロマイドとしての「役者絵」。それに美人画や風景画。当時の浮世絵は版元が絵師に絵を描かせ、それを彫師が彫って、摺師が摺り、できたものを版元自らが経営する店で売るというシステム。浮世絵の中にはこの職人たちの製作風景を描いた作品もある。注目すべきは何といってもその卓越した技術。たとえば髪の生え際などを見ると、優れた職人の作品は1ミリの間に毛が3本も生えていたりする。そして、数ある浮世絵のジャンルの中でもとくにその技が光っているのが他ならぬ春画だという。

当代随一の絵師や職人たちが手がけたのが「春画」

では、なぜ春画は浮世絵の最高峰となったのか。その理由のひとつが「幕府の検閲」だ。

古くは奈良時代の落書き、平安時代からは肉筆画としての歴史を持っていた春画が浮世絵版画となったのが江戸時代。この頃の日本人は現代よりもずっと性に対しておおらかだったという。その「性」を描いた春画は庶民から大名に至るまでおおいに人気を集めた。ただ一方で、徳川吉宗の時代などには「好色本禁止令」が発布され、表では作ることができなくなった。それでも裕福な好事家たちは春画を求めた。そこで版元は人気絵師たちに春画を描かせた。
「秘密裏に作るなら検閲など気にする必要はない。やりたい放題やらせてもらいましょうということで、普通の浮世絵にはない二十何色刷りだとか、細かな彫りであるとか、超絶技巧が施された春画がたくさん生まれました」

こうした仕事をこなすには一流の腕が必要。絵師たちは春画の依頼があると「俺も一流になったものだ」と自覚したという。歌麿や北斎や國貞が手がけるのも当然といったところだ。その描くところは「何でもあり」。構図も仕掛けも遊び心満載。日本の春画の特徴は、性器は顔と同じ大きさにデフォルメしている点。「男女和合」は子孫繁栄につながるめでたいことというのが当時の常識。よって、描かれている男女の顔は幸せそうなものが多い。名作と呼ばれているのは珍しい横長の絵を集めた鳥居清長の『袖の巻』や喜多川歌麿の『歌満(うたま)くら』、「蛸と海女」の絵で知られる葛飾北斎の『喜能会之故真通(きのえのこまつ)』など。他にも優れた作品は無数にある。大名家所蔵の肉筆画などにはまだ世に出ていないものも多く今後の公開が待たれるところだ。

モネやルノワール、ゴッホ、セザンヌ、ドガ、ゴーギャンといったヨーロッパの、とくに印象派の画家たちにも影響を及ぼしたという日本の浮世絵。車氏の「夢」はその欧州で「浮世絵についての講演をすること」だ。
「フランスの田舎町とかを、ワインを飲みながらまわれたらいいですね」

講師紹介

車 浮代(くるま うきよ)
車 浮代(くるま うきよ)
時代小説家、江戸料理研究家
セイコーエプソン(株)のグラフィックデザイナーを経て、故・新藤兼人監督に師事し、シナリオを学ぶ。TV、ラジオ、新聞、雑誌、Webなどで活躍中。著書に小説『蔦重の教え』(飛鳥新社)、第二回書店金賞候補作の『江戸おかず12か月のレシピ』(講談社)、『江戸の食卓に学ぶ』(ワニブックス)、12月中旬発売予定の新刊『超釈 北斎春画かたり』(小学館)などがある。日本ペンクラブ会員、国際浮世絵学会会員。

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