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2016年8月4日(木)19:00~20:30

沖 大幹(おき たいかん) / 東京大学生産技術研究所教授

水と持続可能な未来

国家間紛争が多発し、環境問題の深刻化が地球規模で懸念される21世紀。日本にいると一見問題がないように思えるが、世界を脅かすグローバルリスクの中で、長期的に最も心配されているのは水問題である。洪水や干ばつの頻発は、エネルギー問題や食料安全保障、さらには気候変動への適応策にも深く関わっている。今回は「ウォーターフットプリント」「仮想水」を手がかりに、いたずらな悲観論に陥ることなく、“宇宙船 地球号”をうまく操縦して、持続可能な未来を構築する道を一緒に考える機会となった。

現代的な暮らしに不可欠な「安全な水」

講師の沖大幹氏の専門は「水文学」。

「水文学とは水の循環を研究するもの。天文学が天(宇宙)に関する森羅万象を研究するように、水に関する森羅万象を考える学問です」

水は人間の暮らしには不可欠。日本人の場合、その水を一人当たり1日200リットル以上使っている。このうち飲み水は2~3リットルで、残りは洗濯や炊事、入浴やトイレで使用。
人が現代的な生活を送るには、それだけの生活用水=安全な水が必要だということになる。

だが、世界にはその「安全な水」に容易にアクセスできない人々がいまだ何億人もいる。たとえば西アフリカのマリ共和国。この国では多くの子どもや女性が毎日1キロメートル以上離れた場所へと水汲みに出かけている。家族全員分の水を持ち帰るには数往復。それだけで1日3時間を費やしてしまう。

「いろんな不平等があるなかで時間だけは平等だと思えるけれど、こういう場所に生まれると使える時間は1日21時間しかないんです」

こうした「水汲みが必要な生活」をしている人々は世界人口の9分の1。水汲みをしていたら子どもたちは学校に行けないし、女性たちも他の仕事に就けない。つまり水の問題は教育の問題であり、女性の社会進出を妨げる要因ともなっているのである。

水の問題はまた乳幼児の死亡率にも深く関係している。乳幼児がたくさん死んでいる国で水がたくさん使えている国はなく、逆に生活用水がふんだんに使える国では乳幼児の死亡数は少ない。日本を見ると、現在の乳幼児の死亡率が1000人中2人であるのに対し、100年前、まだ上水道がそれほど普及していなかった時代には5人に1人近くが死亡していた。医療や衛生教育の進歩がそれを減少させたのはもちろんだが、そこには安全な水の供給が深く関わっていたことがわかる。国連でもこの現状を変えようと2000年に「国連ミレニアム宣言」を決議。「2015年までに安全な飲み水にアクセスできない人口割合を半減させる」と宣言し、2010年にはそれを達成している。

「悲観論」と「楽観論」のバランスが大切

水の問題でもうひとつ重要なのは経済力。これもデータを見れば、1人当たりのGDPが高い国ほど水をたくさん使うことができている。水は社会全体を豊かにするために最初に整備しなければならない必須の資源。人々が現代的な暮らしをするのに必要な食料やエネルギー、家屋、通信、道路、交通、医療、学校、雇用、金融、治安といったもののなかでも水は象徴的な存在といえる。水が豊富に使えれば生産性は上がり、経済は成長する。それによってインフラ投資が進み生活環境は豊かになる。そうなれば当然教育水準も上がり、生産性はさらに高まっていく。

「社会や経済にこうしたいい循環をつくるためにもまず水を確保する。そう考えていただけたらいいんじゃないかと思います」

一方で水は人類に災害をもたらしてもきた。日本では災害というと真っ先に思い浮かぶのは地震だが、世界規模で見ると人間にもっとも被害を与えてきたのは水害や旱魃(かんばつ)だ。日本の都市は大雨が降ってもやすやすとは洪水にはならないが、インフラの不十分な途上国の都市だとたちまち膝まで浸かるような状態となってしまう。これも突き詰めれば前述した水から始まる生産性の問題に結びつく。

水というと、気になるのは供給量だ。世界人口は1900年の時点では16億5000万人。それが現在では70億人を超え、今世紀中には100億人に達すると言われている。水の取水量はこの人口の伸びよりもさらに多くなっているという。これだけ聞くと、はたしてこの先水は足りるのかと不安になってくる。事実、世界経済フォーラムでも重大なグローバルリスクのひとつとして「水危機」を指摘している。

「水の悲観論者は間違っているが役に立つ。水の楽観論者は正しいが、危険だ。仮想水貿易の提唱者であるロンドン大学のトニー・アラン教授はこう言っています」

世界には水以外に戦争や化石燃料の枯渇などさまざまな懸念材料がある。悲観論者はそれを憂い、楽観主義者は大丈夫だと口にする。そして現実を見れば第三次世界大戦は起きていないし、エネルギー危機も来ていない。結果的には楽観論者が正しいということになるが、こうした結果になったのは実は危機を回避しようとする悲観論者たちの行動のおかげである。水についても、90年代、専門家の間ではやがて水不足が原因で戦争が起こると言われていた。それを、人々はそうならないようにと国際的に協調し、新たな井戸を掘って回避してきた。

「悲観論と楽観論、水危機をはじめとするグローバルリスクを考えるときはこの2つの適切なバランスが大切だということですね」

海外の水資源に頼っている日本

資源としての水の特徴は「ローカル」であること。そして「安い」ことだ。1立方メートルの水道水の値段は日本だと全国平均で170~180円程度。工業用水となると23~24円程度。こうした安く、しかも大量に必要な資源は遠くへと運ぶにはコストがかかりすぎる。なので水は基本的には取水した地で使うしかない。ところが、トニー・アランの「仮想水貿易」を通して見ると、実はそのローカルである外国の水を日本人は大量に消費していることに気付く。海外から輸入される農作物や肉類。これらの栽培や飼育には現地の水が使用されている。加工食品の製造もまた然りだ。日本ではそうした輸入食料品の製造に必要な分の水を国内で使わずに済んでいる。つまり、食料の輸入は水の「仮想」的な輸入であり、日本は水使用量の半分以上を海外に頼っている。もし海外で水の問題が起きれば、それはすぐに自国に飛び火するのが今の世界。最近では多くの大企業がこれを自分たちの死活問題と捉え、「ウォーターフットプリント(=原料調達、生産、流通から消費時に水の使用を通じて環境に及ぼす影響の指標)」の推計を進めるなど環境への配慮に努力しているという。

現在の世界に求められているのは「持続可能」な開発。COP21では、気候変動をもたらす化石燃料の使用を制限する協定を結び、国連もさまざまな取り組みをつづけている。

「この100年、世界の農地面積はほぼ横ばいでしたが、技術の進歩で単収は2.8倍に増えています。だから人口が増えても対応できた。安心しろというわけではないけれど、持続可能な未来はつくっていけるはずです」

推計によると世界人口は100億をピークにやがて減り始めるという。ピークをうまく乗り切れば社会は持続する。沖氏の「夢」はその可能性と道筋を「自分の目で確認すること」だという。

「2050年くらいになればそれが見えてくる。そのとき私はかなりの高齢ですが、あ、大丈夫だなと、確認できたらいいなと思います」

講師紹介

沖 大幹(おき たいかん)
沖 大幹(おき たいかん)
東京大学生産技術研究所教授
1964年東京都生まれ、西宮育ち。博士(工学)、気象予報士。2006年より現職。IPCC第5次報告書統括執筆責任者、国土審議会委員ほかを務める。書籍に「水の未来─グローバルリスクと日本」「東大教授」「水危機 ほんとうの話」など。日本学士院学術奨励賞など表彰多数。水文学部門で日本人初のアメリカ地球物理学連合(AGU)フェロー。

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