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2013 Sep.25
Dream & Passion
~輝ける女性たちの肖像~ Vol.7

~ミュージカル女優 綿引さやかのサクセス・ストーリー~
『レ・ミゼラブル』が教えてくれた。あきらめなければ、夢は叶う

自分らしくいきいきと働く、素敵な女性たちを紹介する「Dream & Passion」。第7回目のゲストは、ミュージカル女優の綿引さやかさん。2013年4月から上演された東京・帝国劇場のミュージカル『レ・ミゼラブル』で、アンサンブルからエポニーヌ役に抜擢され、シンデレラ・ガールとも呼ばれています。7月までの東京公演を経て、8月から10月には博多・大阪・名古屋公演、そして11月からの東京凱旋公演でもエポニーヌ役を演じることが決定しました。長年の夢を叶えた綿引さんに、エポニーヌ役に決まるまでの経緯や今後の抱負、夢を叶えるヒントについて伺いました。

聞き手:
スルガ銀行Lichtpuntjeスタッフ 和智あゆ美
『レ・ミゼラブル』が教えてくれた。あきらめなければ、夢は叶う ~ミュージカル女優 綿引さやかのサクセス・ストーリー~

中学生の時から『レ・ミゼラブル』のエポニーヌ役が憧れだった

綿引さんインタビューの様子

Lichtpuntjeミュージカル女優を目指そうと思ったきっかけは何だったのですか。

綿引小さなころから両親に何度もディズニーランドへ連れて行ってもらったのがきっかけでした。パレードで踊るお姉さんたちが本当にキラキラと輝いていて、気づくといつも心を奪われ、最前列でパレードやショーを見ていました。それがパフォーマーへの憧れの始まり。母とよく買い物に行きましたが、お店のショーウィンドウや試着室は私にとって最高のステージでした!!どこでも“綿引さやかショー”が始まってしまうんです(笑)。

Lichtpuntje『レ・ミゼラブル』のエポニーヌ役に憧れたのはなぜですか。

綿引中学生の時にミュージカル部に入部し、2年生の時の演目が『レ・ミゼラブル』でした。その当時、帝国劇場では『レ・ミゼラブル』が上演されており、勉強のために劇場へと足を運びました。それがミュージカル『レ・ミゼラブル』との衝撃の出会いでした。作品、そして楽曲の素晴らしさにすっかり魅了され、その中でも、エポニーヌという女性は私の心を掴んで離しませんでした。その日から、この役をいつか演じてみたい!と強く憧れるようになりました。

Lichtpuntjeエポニーヌ役のどんなところに魅かれましたか。

綿引エポニーヌという女性は、自分にはないものを沢山持っています。だからこそ魅力的に思えたのかもしれません。私は平和な現代に生まれ、幸せなことに何不自由なく育ちました。一方、エポニーヌは、19世紀前半の宿屋を営む悪徳夫妻の娘で、幼い頃は裕福な暮らしをしていましたが、時代の流れと共に、貧しく荒んだ暮らしをするようになります。またエポニーヌは愛されることを知らずに育ちました。だから、初めて「愛する」ということを教えてくれたのがマリウスだったんです。今まで「愛」を伝える術を知らなかった彼女が、命を懸けて強靭な愛を貫く。最後まで叶わぬ恋でも、彼女はその愛に出会えた奇跡を喜び、力強くそして美しく生きていきます。
計り知れない魅力を秘めたエポニーヌという女性・・・だからこそもっと知りたいと惹き込まれていったのかもしれません。

Lichtpuntje自分にないものに強く魅かれたわけですね。何となくわかるような気がします。ミュージカル女優を目指すためにはどんな行動をされたのでしょうか。

綿引私の通っていた中学・高校では芸能活動が禁止されていましたので、大学生になってからオーディションの情報雑誌を見てオーディションを受け始めました。小さなころから大好きで何度も読んでいた作品『赤毛のアン』のアン役が募集されているのを知って、何もわからない状態で写真を撮り応募したのが初めてでした。

Lichtpuntje結果はいかがでしたか。

綿引まずはアンの親友のダイアナ役をいただき、その後アン役も演じさせていただきました。

Lichtpuntje最初から受かるなんてスゴイですね。そのほか、どんなオーディションを受けられたのですか。

綿引自分が挑戦してみたい!と思うものはとにかく全て受けました。その中でご縁をいただき、憧れだった『サウンド・オブ・ミュージック』のリーズル役も演じることができました。

応募数約1万5,000人、オーディションでは「リアルさ」を要求された

綿引さんインタビューの様子

Lichtpuntje大学は音楽芸術学科だったそうですが、どんな勉強をされていたのですか。

綿引音楽を通してどのように世の中の役に立てるかということをベースに、さまざまなジャンルの音楽に触れ、勉強していました。私は、大学で「歌」がどのように人の役に立つことが出来るのかを学びたいと思っていたので、「音楽療法」を学べるこの学科に絶対に入学したいと心に決めていました。
また音楽も、ミュージカル・ジャズ・オペラ・クラシックなど、さまざまなジャンルを学ぶことができるとても魅力的な学科でした。

Lichtpuntje勉強したことが、今の基礎になっていそうですね。

綿引そうですね。ご縁があって、大学の卒業公演では「レ・ミゼラブル」のエポニーヌ役を演じさせていただいたんです。きっと願いは少しずつ実を結び始めていたのかもしれませんね。

Lichtpuntjeエポニーヌ役のオーディションについて教えてください。

綿引最初に受けたのは大学生の時で、次に受けたのは大学を卒業してすぐでした。そして今回で3回目。毎年オーディションがあるわけではありませんから、チャンスが来た時にベストな状態でいられるようにするということが大切でした。25年間上演され続けてきたこの作品が、今年の公演は新しい演出で生まれ変わる節目の年だったので、オーディションも大々的に行われました。募集が始まった2011年の秋、私はニューヨークへトレーニングに行っていたのですが、日本の知人から「新聞にレ・ミゼラブルのオーディションの広告があった!!」と連絡を受け、直ぐに書類を送りました。私をはじめ、この道を目指す人たちの憧れの作品ですから、応募数は1万5,000人という難関のオーディション。まずは第一次審査(書類・音源審査)、二次審査(実技)があり、そして本選へと進んでいきました。

本選ではロンドンから演出家のジェームズ・パウエル氏が来日し、直接指導を受けながらのオーディションでした。緊張というよりも、その場にいられる幸せの方が勝っていました。私ははじめエポニーヌ役で受けていたのですが、審査の途中ファンテーヌ役の楽譜も渡され、歌う機会をいただきました。
きっと一人ひとりの魅力を、さまざまな角度から引き出そうとしてくださっていたのだと思います。

Lichtpuntjeオーディションで心がけたことを教えてください。

綿引過去に受けた2回は旧演出だったのですが、今回は新演出だったので、今までの役のイメージを一掃しなければいけませんでした。新演出では「リアルさを追求する」ということがキーワードで、「その場でリアルに生きる」ことを強く求められました。「演じようとしないでほしい。君の心の中にあるものを素直に出してごらん」と言われ、その瞬間に生まれる自分の感情や感覚を大切にすることを心がけました。
オーディションだからと気合を入れてセットした髪も、「エポニーヌは違うだろ」とあっという間にセットを崩されてしまいましたね(笑)。

Lichtpuntjeエポニーヌは雑草のような力強さというか、逆境にも負けないというところもあったりしますよね。

綿引ええ。転んでも何度でも起き上がり、一つの愛を信じて突き進んでいく強い女性です。

ニューヨークのタイムズスクエアで合格の知らせを聞いて大騒ぎ

綿引さんインタビューの様子

Lichtpuntjeオーディションの結果の連絡はいつ頃来たのですか。

綿引昨年の9月頃です。ちょうどその時、私はニューヨークのタイムズスクエアにいて、日本から遊びに来ていた友人とブロードウェイを歩いていました。「オーディションの結果がなかなか来ないの」と話をしていた所へ、突然携帯電話が鳴り…、「アンサンブルとして合格した」という知らせが!!夢にまで見た憧れの『レ・ミゼラブル』に出演できる。正に夢が現実へと変わった瞬間でした。それからはタイムズスクエアで大騒ぎ。ブロードウェイのど真ん中であんなに大声で叫んだことはありませんでした(笑)。結果が出るまで約10か月間。本当に長いオーディションでしたね。

Lichtpuntjeその光景が目に浮かぶようです。なぜニューヨークにいらっしゃったのですか。

綿引大学卒業後、主に歌やダンスの勉強をするために、渡米しました。将来本当にいいものを届けられるパフォーマーになりたくて、一流の人たちが集まるニューヨークという場所で実力をつけたいと思ったのがきっかけです。英語も全く喋れなかったので、英語の勉強もしながら、週に4回ボイストレーニングへ通い、それ以外の時間はダンススタジオに通っていました。

Lichtpuntjeスクールに通われたのですか。

綿引ブロードウェイにはいろいろなスタジオがあるので、私の場合は学校へは入学せず、いくつかのスタジオに毎日通っていました。例えば13:00~14:30はシアターダンス、そのあとは地下鉄やバスで違うスタジオに移動してジャズダンス、夜は歌のレッスンというように、リュックにダンスシューズも楽譜も詰め込んで毎日夢中になってスタジオのレッスンを受けていました。

Lichtpuntjeそうしたスタジオの情報はどこから得たのですか。

綿引自分で調べたり、現地の方に聞いたり…。コーヒーショップで隣に座っていた男性がブロードウェイの舞台に出ているようなオーラを放っていたので、「私、ミュージカル女優を目指しているのですが、良いスタジオを教えてください!」と聞いたこともありました。もうこうなったら体当たりですよね(笑)。

Lichtpuntjeオーディションに合格して帰国され、それからどうされたのでしょうか。

綿引2012年10月に『レ・ミゼラブル』の製作発表があり、それに合わせて帰国しました。それから『レ・ミゼラブル』のお稽古が始まり、最初の2か月半はボーカルのレッスンでした。すごく分厚い楽譜が配られ、その譜読みから始まりました。今回は新演出だったので、楽曲は同じなのですが、旧演出のものとは譜割りやスピード感が全く違うので、イチから学んでいきました。翌年2月にロンドンの演出家の方が来日し、そこから演出をつけて実際の舞台のセットを組んで、さらに2か月間お稽古をしました。

稽古中にアンサンブルからエポニーヌ役に抜擢された

綿引さんインタビューの様子

Lichtpuntje『レ・ミゼラブル』は今年の4月から上演が始まり、最初はアンサンブルとして出演されていたとお聞きしていますが、エポニーヌ役に抜擢されたいきさつを教えてください。

綿引2月にロンドンから来日された演出家の方に、お稽古が終わった後「さやか、もう一回『オン・マイ・オウン』を歌ってくれないか」と言われ、急遽歌わせていただくことになりました。あの時は、以前のオーディションよりもさらに緊張しました。翌日のお稽古へ向かうと、そのお稽古中に演出家の方から「僕たちは、いつも君たちの可能性を見ている。そしてそれを最大限に引き出したいと願っている。だからチャンスは誰にでもあるんです」というお話があり、そのあと突然…「さやかにエポニーヌ役を演じてもらいます!」と発表があったんです。あの瞬間のことは今でも思い出すと胸が熱くなります。既にアンサンブルとしての出演が決まっていたので、7月からエポニーヌ役として出演させていただくことになりました。

Lichtpuntjeその時の気持ちはいかがでしたか。

綿引ずっと夢見てきたことなのに、それが実現したということがしばらく信じられませんでした。帰り道は夢のようで足が5センチぐらい宙に浮いていたと思います(笑)。夜は興奮して眠れず…。でも、日が経つにつれて、だんだん実感が湧いてきて喜びとと共に責任感を感じるようになりました。

Lichtpuntje周りの方の反応はいかがでしたか。

綿引今まで見守り続けてくれた家族とは抱いて喜び合いました。そして、ずっと夢を一緒に追いかけてきてくださった歌の先生とは、電話で話しながらお互いに号泣しました。こうして周りの方達に大きく支えられて、掴んだ大切な大切な夢です!

Lichtpuntjeエポニーヌ役として舞台に立った時の感想を教えてください。

綿引初めてエポニーヌ役として舞台に立つ前日は、長年憧れていたことが遂に現実になるんだ…と感慨深かったです。とても興奮する部分もありましたし、恐いという気持ちも。やはり大役ですし、約2,000人のお客さまの前で演じるプレッシャーは想像以上に大きなものでした。でも当日スタッフやキャストの方達の顔を見たら、それまでの不安はすーっと消え、この日を迎えられた喜びが体中にエネルギーを与えてくれました。『レ・ミゼラブル』は正に、夢はあきらめなければ必ず叶う!ということを教えてくれた作品。今まではゴールとして目指していましたが、舞台に立ったその瞬間から、新たな夢のスタートへと変わりました。これから自分がどう成長していけるかが勝負どころだと思います。

Lichtpuntje意識が変わったんですね。すごいです!

綿引私のような無名の新人に、エポニーヌ役を演じるチャンスを下さり、1つの大きなきっかけを与えてもらったこの作品に、今の私ができることは、全身全霊で取り組ませていただくことのみです!

Lichtpuntjeこれまでで一番辛いことは何でしたか。

綿引やはりオーディションに落ち続けていた時期があり、特に書類選考で落ちた時は、自分がやってきたことを何も見てもらえないままチャンスを失ってしまっていたのが辛かったです。また、一緒に頑張っていた仲間が活躍すると、うれしい反面、正直焦りもありました。焦りや先の見えない不安。それが何より乗り越えなければいけない壁でした。

エポニーヌに扮した綿引さんエポニーヌに扮した綿引さん
エポニーヌに扮した綿引さん 写真提供:東宝(株)演劇部

何か力になりたくて東日本大震災直後に夜行バスで被災地へ

綿引さんインタビューの様子

Lichtpuntjeその壁をどうやって乗り越えましたか。

綿引「自分を信じること」と、「自分自身をライバルにすること」だと思います。やはり、周りの人のことは当然気になるものですが、相手の人たちをライバル視してしまうと、自分自身とあまり向き合えなくなってしまいます。自分がもう一歩前へ進むためには何が必要なのか、何を克服すべきなのかを自分自身に対して問いかけていくこと。これがこの壁を乗り越えるために意識していたことです。

Lichtpuntje今後の抱負を教えてください。

綿引10月までは博多、大阪、名古屋での公演、そして11月には帝国劇場で凱旋公演があります。エポニーヌという女性と向き合って心通じ合えるように、じっくりと時間を重ね、演技を深めていきたいと思います。また、お客さまと一緒に創りあげていけるのが舞台の醍醐味。舞台は生きものなので、その日のお客さまの雰囲気によって舞台の空気も少しずつ変わっていきます。だからこそ、エポニーヌ役をこう演じると決めつけず、その時々によって生まれてくる自分の感情に対して素直に演じていきたいです。

Lichtpuntje次の夢はありますか。

綿引人が喜んでくれることが私の何よりもの原動力です。舞台に限らず、いろいろなカタチで周りの方が喜んでくれることをしていきたいと考えています。そして誰かに何かのきっかけを与えられるパフォーマーへと成長していきたいです。これが今、目の前にある夢です。また、海外にも挑戦していき、世界から「日本のミュージカルがすごい」と思ってもらえる一員となっていきたいです。

Lichtpuntje綿引さんは歌手としてもご活躍されていますよね。

綿引はい。『ONE WORLD』という曲を昨年リリースし、JALの環境テーマソングにもしていただいています。この曲はニューヨークでレコーディングをしたのですが、もともとは東日本大震災がきっかけだったのです。

Lichtpuntjeどういういきさつでリリースされたのですか。

綿引東日本大震災の時はちょうど帰国していて、母校の小学生に歌を教えに行っていました。毎日テレビに映し出される信じがたい現実に、ただただ心が締め付けられるような思いでした。自分の無力さを感じる中、居ても立ってもいられず、「何かできることがあるかもしれない!」と、ちょうど震災から1か月後に1人で宮城県山元町へと向かいました。向かったものの、知り合いがいるわけでも、ボランティア団体に参加したわけでもないので、できることがなくて反対に邪魔になってしまうような状態でした。そこで避難所となっている山下中学校へ行き、「何かできることはありませんか」と尋ねたら、その学校の渡辺校長に、「今、必要なものの一つは“音楽”です。大きな声で笑ったり歌ったりしていない子供たちが多いので、ぜひ子供たちを集めて何かやってください」と言われました。そこで、子供たちに声をかけて、集会室でいろいろな歌を一緒に歌ったり体を使ったゲームをしました。ここで出会った子供たちの笑顔が忘れられず、「SMILE FLAG PROJECT」というチームを立ち上げ、それから2か月に一度山元町へと足を運び、ミュージカルやコンサートを行うようになったのです。最初は数人だったチームに、次はバンドのメンバー、さらにミュージカルのメンバーが参加してくれるようになり、避難所や仮設住宅、幼稚園や中学校でミュージカルのショーをやらせていただき、そこでかけがえのない素敵な出会いが沢山ありました。そうした活動を続けているうちに、自分の言葉で伝えたい、残したい、と思うようになり、歌詞を書きはじめたのです。
2011年の秋にニューヨークへ渡った際、現地のプロデューサーが、他のオーディションに出していた私のデモテープを聴いてくださって、「ぜひ曲を書こう」という話を下さいました。そこで、私が「東日本大震災の時、世界中の人がすぐに援助に駆けつけてくれたことに、本当に感謝しています。世界はいつも一つ空の下で繋がっているのだということを教えてもらいました」と思いを伝え、出来上がったのが『ONE WORLD』です。日本語の歌詞は東北の方達への思いを込めて私が書かせていただき、英語版の歌詞はそのプロデューサーが日本の皆さんへと書きおろしてくださったものです。アンサーソングのようになっています。

Lichtpuntje行動力がすごいですね。

綿引私が東北に行ったのは震災のちょうど一か月後でしたので、ほとんど手付かずの状態を目のあたりにしました。あの時の衝撃と現実が、私を突き動かしてくれました。

「夢を叶えるノート」でイメージトレーニング

綿引さんインタビューの様子

Lichtpuntje綿引さんは今回『レ・ミゼラブル』でエポニーヌを演じ、夢を叶えました。同じように夢に向かって頑張っている女性に何かアドバイスがあれば、お願いします。

綿引高校生の時から続けてきたことがあります。それは「夢を叶えるノート」。中身はとても恥ずかしくてお見せることはできないのですが・・・(笑)。いつか絶対にやりたいと思っていることや近い将来に実現させたいことを手帳に書いていくんです。そこには期限は書きません。それを寝る前や朝起きた時、家を出る前などに読み返し、常にその夢が既に叶った自分を想像するんです。イメージすることは本当に大切で、夢に似た環境に身をおくことも私にとって大事なことでした。例えば、私は帝国劇場の舞台に立つのが夢でしたので、帝国劇場に行ったときは休憩時間に最前列に行き、舞台側から客席を見て、こんな景色のところで歌うのかとイメージするということをこっそりやっていました(笑)。

また、私の場合、ミュージカルに限らず、さまざまな芸術に触れる際、なるべく一流のものに触れるようにしています。きっと一流と呼ばれる芸術やアーティストには共通の何かがあるはずだと信じているからです。そういったものに触れると刺激になりますし、ヒントやインスピレーションもたくさん貰えますよ。

Lichtpuntje素敵なアドバイスをありがとうございます。最後の質問になりますが、『レ・ミゼラブル』を見たいと思っている方にメッセージをお願いします。

綿引『レ・ミゼラブル』は長年愛され続けている作品ですから、私たちが一方的に提供するのではなく、「新演出」の『レ・ミゼラブル』をお客さまと創り上げたいというのが大きな願いです。ぜひその瞬間を共に刻んでいっていただきたいと思います。東京では11月に帝国劇場で凱旋公演が行われます。何度でも足を運んでいただき、その度に発見があったり、感じ方が異なると思います。私たちも生まれ変わり続ける『レ・ミゼラブル』をお届けしていけるよう全力で取り組んでまいります。

Lichtpuntje私もぜひ『レ・ミゼラブル』を見に伺いたいと思います!今日はお忙しいところ、ありがとうございました。

Information 1

『レ・ミゼラブル』

ヴィクトル・ユゴー原作。舞台は19世紀のパリ。1本のパンを盗んだ罪で19年投獄されたジャン・バルジャンの生涯を描いた作品。ジャン・バルジャンのほか、ジャべール警部、ファンテーヌ、コゼット、マリウス、エポニーヌなどが主要人物。
ミュージカル『レ・ミゼラブル』では、ファンテーヌが歌う「夢破れて」や、エポニーヌの「オン・マイ・オウン」、民衆たちが歌う「民衆の歌」などが幅広く知られている。

帝国劇場ミュージカル『レ・ミゼラブル』公式サイト

綿引さやかさんの公式サイト

綿引さやかさんの公式サイト

Information 2

『ONE WORLD』

綿引さやかさんのファーストシングル。インターネットで購入できる。お申込みは以下のページにアクセスを。

Information 3

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文 高橋真由美(Inner Promotion Network)
写真 松本祐亮

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