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2015 Dec.7
Topic on Dream ~夢に効く、1分間ニュース~ Vol.114

不眠不休で1,200km走破。
三船雅彦が過酷な自転車レースに挑戦した理由

「ブルベ」に参加する三船さん ©Rapha Japan

ヨーロッパでは19世紀から行なわれている「ブルベ」。フランス語で「認定」という意味で、その名のとおり順位やタイムにこだわらず、規定時間内に規定のコースを完走したことを認定するロングライドのサイクリングイベントです。日本においても近年全国各地でブルベが開催され、愛好者は年々増え続けています。

ブルベに参加する人びとは「ランドヌール」(女性はランドヌーズ。フランス語で「旅人」)と呼ばれ、ロードレースのようにサポートカーはなく、メカトラブルや天候不順といった不測の事態にも自分で対応しなくてはなりません。それでも自力で、ときにはランドヌールたちと協力しながら、ひたすら完走を目指すことがブルベ最大の目的なのです。しかし、すべて個人に委ねられているからこそ、ある者はタイムにこだわり、ある者は道行く景色を楽しむなど、思い思いの目的を設定できることがブルベの醍醐味でもあります。

一般的に200kmから1,000kmを超えるルートが設定されていますが、そのブルベの最高峰が、世界最古のサイクリングイベント「パリ・ブレスト・パリ」(PBP)。90時間制限でフランスのパリ~ブレストの往復1,200kmを走行します。4年に1回開催されるこのイベントが今年8月に開催され、元プロロードレーサーである三船雅彦さんが完走を果たし、日本人歴代最速となる43時間23分を記録しました。

不眠不休でゴールを目指し、ペダルを漕ぎつづける過酷な旅。常人には想像もつかないその1,200kmの一端を、三船さんに伺いました。

「ツール・ド・フランス」が夢の原点

中学の時にテレビで見た「ツール・ド・フランス」が自転車人生の原点という三船さん。87年にオランダに渡り、94年にプロ転向後、99年には日本人としてはじめて「ツール・ド・フランドル」に出場するなど数々の海外主要レースに参戦しました。2003年に帰国後も、国内の名門チーム「ミヤタ・スバル」などに所属し、国内外のレースで活躍。2008年に現役引退してからは、ロードレースやシクロクロスの番組解説者、ロードバイクメーカーなどのアドバイザーを務めるほか、実業団のトップチーム「チームマッサ」を設立し、後進の指導にもあたっています。

三船さん

三船さんがブルベをはじめたのは、現役を退いた後のこと。「趣味で走れたら十分かなと思っていたんですけど、単純に自転車が好きというか、やはりチャレンジしたいという思いもあったんです」。ちょうどそんな頃、知人から誘われたのがブルベでした。「現役時代はヨーロッパで名だたるレースに参戦して、本当に過酷な世界を経験していたので、正直それを超えるようなものなんてないと思っていたんです。でも実際にやってみると、ブルベって違う意味ですごく過酷なんですよ」。

スピード勝負のロードレースに対し、ブルベの走行距離は400km、600km、1,000km……。「現役時代経験していたのは、最長でも280kmほど。1,200kmを走る感覚なんて全くないんです。しかも24時間とか30時間とか、もっと長時間に渡って走るにも関わらず、サポートカーもないなかで、自分でいろんなことをやっていかなくてはならない。25年も競技生活やってきたのに、まだこんなキツい世界があったのか!と初めて知った感じでした」。

そして新鮮だったのがナイトラン。ロードレースでは基本的に夜間に走ることはありませんが、ブルベでは前後不覚に陥るような闇のなかを走るそう。「真っ暗な海の中にひとりでいるような感覚になるんです。参加された他の方に『ここのルートは星がキレイですよね』なんて言われたときには『えっ、暗くて怖くないですか?』って聞いたこともありました」。

「ブルベ」の様子 ©Rapha Japan

4年前から挑戦は始まっていた

2011年、三船さんは初めてパリ・ブレスト・パリに挑戦、完走を果たしたものの、本人にとっては不甲斐ない結果だったと振り返ります。「自分の中ではある程度、先頭グループに近いところでゴールできると思っていたんです。けれどもやはり、ロードレースとは違うテクニックが存在していました」。

チェックポイントでさえあまり休息を取らず、先を急ぐ周りのランドヌールたちにペースを乱され、かつて経験したことのないほどの激しいハンガーノック(激しく長時間に渡る運動時に、極度の低血糖状態になること)に見舞われた三船さん。気力だけで道を進み、30時間かけて復路を走りきりました。「絶対にトータルで48時間は切れると思ってたんですよ。けれども叶えられなくて……ゴールの瞬間にはもう『次の4年後に挑戦したい!』と考えていました」。

三船さん ©Rapha Japan

次の4年後に向けて……とはいえ、自ら会社を経営し、クラブチームを運営し、土日はイベントに参加するなど昼夜も平日休日も問わず働きつづける三船さん。思うように練習時間が取れないなかで、地道にトレーニングを積んでいきました。

仕事終わりに遠回りして、70、80kmかけて帰ったり、パソコンの入ったバックパックにウェイトを積んで、普段よりもちょっと重めに背負ってみたり……。「逆に4年って長過ぎて、全然準備できなかったんです。けれども長時間走ることに身体を慣らしておかないと、本番でタイムを狙うことは到底出来ない。年に10回ほど国内のブルベに参加して、600~1,000kmくらいの長距離のブルベは2、3回走っていました」。

ひとりでペダルを漕ぎつづける山の中では、ひたすら孤独と向き合います。「時々なにか声を出したい、しゃべりたいという感覚に囚われることもありますし、ずっと何かを考えているにも関わらず、思考がどんどん停止していくこともある。逆に眠気を覚ますために、なにか独り言を言うこともあります」。

精神的に極限状態に追い込まれた

そしてついに迎えた2015年のパリ・ブレスト・パリ。さぞや苦難の行程だっただろうかと思いきや、「正直なところ、日本でブルベを走るよりも楽に思えた」のだそう。「ある程度先頭グループが絞られてくると、周囲の中に『自分のタイムを更新したい』『1位でゴールしたい』という明確な意志が存在しているんですよ。そうなると感覚としては、ロードレースと一緒なんですよね」。

そこではヨーロッパを歴戦したトップロードレーサーとしての長年の経験と勝負勘が働きます。「単純に、みんなの考えていることが手に取るようにわかるんです。『一緒に逃げよう』とか、『あの人を一緒に追いましょう』とか……そういう駆け引きが冷静に見えていたので、コンペティション感覚で挑むことができて、楽だったんです」。

とはいえ、やはり1,200kmに渡るロングライド。難しい局面は訪れます。2日目の夜。先頭グループも25名ほどに絞られていました。「みんな淡々とペダルを漕ぐフェーズに入って、『ただゴールに向かって移動しているだけ』っていう感覚になった頃が、とにかくもう眠たくて」。駆け引きも何もなく、おだやかな凪の状態。次のチェックポイントまでは約100km。「一度ちょっと寝落ちして、道脇に落ちてしまって……危なかったですね」。

その時点ですでに先頭グループに残る日本人は三船さんただひとり。極限状態に置かれていることで、自分自身の精神がどんどんネガティブに引き込まれていくのも自覚していたと話します。

「自分が置かれている立場もわかっていましたし、ここまで来たらもう大健闘っていう線引きでもいいかなとも思いました。しかし、ここで集団から置いていかれたら、そこからずっとひとりで走って帰ってこないといけない。だから歯を食いしばって、『1mでもゴールに近づくほうが結局は楽なんだ』って、諦めそうになるたびに葛藤して、力を奮い立たせていました」。

日本人歴代最速記録で1,200kmを走破

最終的には先頭グループからひとりの選手が抜け出し、三船さんは2位グループの一員としてゴール。順位が出ていればおそらく10位前後ですが、そこはブルベ。正式な順位はわかりません。

目標タイムとしていた48時間を大きく上回る43時間23分で1,200kmを走破し、日本人歴代最速を記録する歴史的快挙となりました。「各チェックポイントの記録を記したブルベカードを、ゴール地点で回収してもらった瞬間に全てが終わるんですけど、ふーっと全身の力が抜けて、『もう(ペダルを)漕がなくていいんだ』とホッとしたというか(笑)。体力的にはまだ余裕もあったんですけど、精神的には追い込まれていましたね」。

達成感を噛み締めたのもつかの間、ホテルまでの帰り道にはまたバイクを漕ぎだしたというのですから、その並々ならぬ体力には驚かされます。

「ブルベにおけるパリ・ブレスト・パリは、ロードレースで言えばツール・ド・フランスのようなもの。そういうところで日本人が先頭グループで走るというのは、絶対にあり得ないことだと思われていたと思うんです。今回僕が記録を残したことで、ある種『できる』ことを証明できましたし、素直にうれしく思いました。

けれども僕自身、記録というものは破られるものだと思っているんです。日本でも僕と同じくらいか、もっと速い人もいるわけですし、体力的には自分自身、2、30代でプロとしてやっていた頃よりは劣っている部分もある。ほかの人がやってみて、できないっていうことはないと思うんです」。

全ては日本に自転車文化を根付かせるために

次のパリ・ブレスト・パリは4年後の2019年。三船さんは50歳を迎えます。現段階では全くわからないとしながらも、「僕の中ではやはり『先頭で帰ってきたかった』というのが強いんです。もし仮に4年後、先頭を狙う気持ちが残っていて、周りからもマークされるくらいの存在でいられれば、チャレンジするかもしれません」。

現役を退いてもなお、三船さんを自転車へと駆り立てる原動力は何なのでしょうか。「僕はただ、自分の活動を通して、日本でも自転車で走りやすい環境が整えばいいなと思っているんです。自転車に乗る人も乗らない人も、交通ルールやマナーを理解したうえで、お互いに尊重し合えば、楽しく自転車に乗れる環境が作れると思うんですよ。

ひとりでも多くのひとが自転車に乗るようになって、サイクリングイベントを見て楽しんだり、参加したりするひとが増えてくれれば、日本でも自転車文化が根付いていくのではないかなと考えています」。

文・大矢幸世

Information

三船雅彦 公式サイト

Rapha Japan(写真提供)

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