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2016 May.24
Be Unique! ~オンリーワンであること~ Vol.19

世界を旅する〈コーヒーハンター 川島良彰〉の仕事道
コーヒーで、世界中の人々を幸せに変える!

川島良彰さん

『Be Unique!』では、「オンリーワン」な人・企業を訪問。その価値と魅力に迫ります。なぜオンリーワンなのか、どうやってオンリーワンな存在になりえたのか…。そこにはきっと、ほかにはない「夢」や「ストーリー」があるはずです。

今回、お話を伺ったのは“世界No.1のコーヒーハンター”として、コーヒー業界に変革をもたらし続けている川島良彰さん。18歳で中米に渡って以来、世界中のコーヒー農園の開発まで手がけるほか、JAL日本航空コーヒーディレクターの就任、途上国のコーヒー栽培指導など幅広く活躍しています。川島さんはなぜ「コーヒーハンター」と呼ばれるようになり、世界を旅するオンリーワンの仕事を確立したのでしょうか。コーヒーに情熱を注ぐ、その仕事道を教えていただきました。

「僕はコーヒー屋になる」と決めた少年時代。
18歳で中米に渡り、コーヒー研究に没頭する

美味しいコーヒーを求めて世界中をめぐる“コーヒーハンター”、川島さん。お話を伺う前に、まずは、そのプロフィールを予習しておきましょう。

川島良彰さん

1956年、静岡市のコーヒー焙煎卸業の家に生まれ、静岡聖光学院高校卒業後、中米エルサルバドルのホセ・シメオン・カニャス大学に留学。現地で、国立コーヒー研究所に入所。1981年にはUCC上島珈琲株式会社に入社し、世界各地のコーヒー農園を開発。現地法人の役員、社長などを歴任した後、51歳で同社を退社し、株式会社ミカフェートを設立。現在、ミカフェートでは、コーヒー豆の輸入・販売、コーヒー及びコーヒー豆に関するコンサルティングを行なうほか、国内外9か所にカフェ&ショップを展開している。

川島さんインタビューの様子

幼少時から、50代の現在まで、コーヒー一筋。このコーヒーにかける情熱は、いったいどこから生まれたのでしょうか。

「父はコーヒー焙煎卸業を営んでおり、物心ついたときから、身の回りにコーヒーの香りが漂っていました。子どもだった僕の遊び場は、コーヒー豆の倉庫。世界中から届いたコーヒー豆の麻袋を眺めながら、海の向こうの異国に思いを馳せていたんです」

ブラジル、エルサルバドル、コロンビア…。川島さんにとって、コーヒー豆の倉庫は世界へ通じる扉だったのです。

「僕はコーヒー屋になる。幼少時の決意が、今日まで持ち続けている僕の夢の原点となりました」

高校を卒業した川島さんは、中米エルサルバドルに留学します。父親の仕事のつながりで、エルサルバドル駐日大使ベネケ氏を紹介され、氏の妹さんの家に下宿することに。ベネケ氏は国のために改革を断行してきた人で、反対派から命を狙われることもあったそうです。それに屈せずエネルギッシュに働くベネケ氏の生き方は、若き日の川島さんに鮮烈な印象を残しました。

「彼から学んだのは〈ストリート・スマート〉(どんな状況でも自分の力で切り開く)の精神。ベネケ氏は、ことあるごとに『いつ、どこで何があっても対応できる準備をしておきなさい』と教えてくれました。どんな状況下でも知恵や努力を惜しまず、自分のベストを尽くすこと。その考え方は、僕の人生の礎(いしずえ)になりました」

現地の大学に入学した川島さんですが、真の目的は「コーヒーの勉強をすること。片言のスペイン語を覚えるやいなや、国立コーヒー研究所の戸を叩いたそうです。

「最初に驚いたのは、コーヒーはフルーツであること。赤く完熟した果実が、あの香ばしいコーヒーになる。コーヒーの味は品種だけではなく、産地や標高、陽の当たり方や風、土で決まります。接ぎ木、品種改良、土壌づくり…、美味しいコーヒーをつくるための知識や技術をどんどん吸収しました」

そして、国立コーヒー研究所の遺伝子課で研究をしているとき、川島さんは運命的な出会いをします。

「アフリカ大陸の東岸にあるマダガスカル島にて、絶滅危惧種の発見と保全に成功したのです。その後、さらに同地には、カフェインを含まない、稀少なコーヒーの原木があることを知りました。『いつかこの“幻のコーヒーの木”を見つけ出したい』という思いが、僕の心に深く刻まれました」

〈ストリート・スマート〉の精神で
世界各地のコーヒー農園開発に挑む

川島さんインタビューの様子

幸せなコーヒー研究所時代は、長くは続きませんでした。内戦が始まり、川島さんはロサンゼルスへと疎開することに。それでもコーヒー研究への思いは断ちがたく、エルサルバドルに戻るチャンスを伺っていたものの、政情は安定せず…。ちょうどその頃、UCC創業者の上島忠雄会長(当時)から、コーヒー農園開発事業を手伝って欲しいと頼まれます。

「UCCに入社し、ジャマイカの農園開発を手がけたのですが、苦労の連続でした。当時のジャマイカは、独立して20年ほどの国。外国人への猜疑心(さいぎしん)が強く、労働への意識が低い。20代の東洋人である僕が信頼を得ることは、容易ではありませんでした」

ベネケ氏から教えられた〈ストリート・スマート〉の精神を胸に、川島さんは奮闘。やがて、新たな技術や知識を伝えることで、彼らの向上心を引き出すことができると気づきます。

「若造の僕が信頼を得るには、彼らができないことを僕はできるのだと見せるしかない。そこで、研究所で学んだ技術を伝えました。すると、労働者たちの僕を見る目が変わっていったのです」

この川島さんの信頼を得るためのやり方は、後に、ハワイやスマトラで農園開発を手がけるときにも役立ったと言います。

「異国で働くとき何より大切なのは、現地人へのリスペクトです。日本のやり方を押しつけるのではなく、彼らの文化や価値観、宗教を知り、それを尊重したうえで共通のゴールを目指す。どの国にだって誠実な働き者もいれば、怠け者もいます。でも自分が懸命に働くことで、共鳴してくれる仲間は必ず現われるのです」

“幻のコーヒーの木”を探し求めて。
“コーヒーハンター”という天職に出会う

川島さんインタビューの様子

ジャマイカを皮切りに、世界各地で農園開発を手がけているとき、川島さんはアフリカのマラウイ政府からコーヒー栽培の技術指導を要請されます。

「研究所時代に憧れた、アフリカ・マダガスカル島で“幻のコーヒーの木”を探すチャンスがやってきたのです。その木の名前は、『マスカロコフェア』。マダガスカル島へ飛ぶと、ランドクルーザーで川を渡り、悪路を走って、ジャングルを探し回りました」

あきらめかけたとき、かつて「マスカロコフェア」を栽培していたと思われる南東部のジャングルにたどり着きます。このときに、川島さんの仲間の1人が「ホセ(川島さんの愛称)はコーヒーハンターだ!コーヒー界のインディ・ジョーンズだ!」と叫んだとか。以来、川島さんはコーヒーに関わる人々の間で、“コーヒーハンター”と呼ばれるようになったのです。

「自分のやるべき仕事と出会った気がしました」と、当時を振り返る川島さん。そこから、コーヒーハンターとして世界中の稀少なコーヒーを見つけ出す仕事を、本格的に手がけるようになったわけです。

本当に美味しい一杯を味わってもらいたい。
生産者と消費者をつなぐ「ミカフェート」の設立へ

川島さんインタビューの様子
「コーヒーのためにできることは、すべてやる」をコンセプトにつくられた
「グラン クリュ カフェ」は、「ミカフェート」のコーヒー豆で最上級にランク。
グラン クリュ(特級畑)とは、世界中の農園の中でも、とくに栽培環境が優れた畑のこと。
収穫期のピークに完熟豆だけを集め、厳しい精選工程を経て、オリジナルのコーヒーセラーで保管。
注文が入るたびに焙煎してシャンパンボトル(!)に詰めている。

世界の生産者と手を結び、美味しいコーヒーを届ける。そんなコーヒーハンターのミッションを遂行するために、川島さんが2008年に設立したのが、コーヒー農園の開発、豆販売やカフェを手がける会社「ミカフェート」です。

「コーヒー豆はフルーツです。ワインと同じように、産地や標高、収穫年度などにより、味わいや風味が異なります。優れた農園と手を結び、適正な価格で生豆を買い付け、万全の温度管理のもとで輸送・管理し、焙煎から選別までこだわり抜いたコーヒーを消費者に届けるのが、『ミカフェート』なのです」と川島さん。

コーヒー豆コーヒーをいれる様子
「ミカフェート」の豆は、エグみや苦味の原因となる、未成熟豆、欠けやつぶれた豆を除いてある。
色も形も粒ぞろいであることが、美味しさの決め手。
また、湯を注ぐとマフィンのように膨らむのは、鮮度が高くアロマが多く含まれている証拠だ。

日本では現在、「ミカフェート」以外にもさまざまなコーヒー関連企業が、躍進しています。世界第4位のコーヒー消費国と言われている日本ですが、川島さんによれば、肝心のコーヒーの品質は玉石混淆とか。

「たとえば、同じ豆が、あるカフェでは300円で提供され、ホテルやレストランでは1,500円で出されるようなことが起きています。この現状は、消費者にとっても生産者にとっても、不幸です。消費者は高いお金を出しても、必ずしも美味しいコーヒーに出会えるわけではなく、生産者は質の高い豆をつくってもその価値を正当に評価されないのです」

「ミカフェート」では、特別な日のコーヒーとして楽しみたい「グラン クリュ カフェ」から、手軽に飲める「コーヒーハンターズ」など、4つのグレードを展開しています。コーヒーの品質基準を明確にすることもまた、「ミカフェート」で川島さんが目指すことなのです。

川島さんインタビューの様子
「コーヒーハンターズ」は、全19銘柄。
川島さんが世界中から探してきた稀少な品種や独自の栽培、
精選方法を誇る農園からラインナップされている。

私はコーヒーの力で、世界を変える。
コーヒーで世界の幸せを紡ぎだす夢

川島さん

「ミカフェート」のさまざまな取り組みや目標を教えてくれた川島さんですが、夢は、それらだけにとどまりません。

現在、川島さんは、年の3分の1、世界各地のコーヒー農園をめぐっています。途上国での農園開発も手がけ、麻薬栽培が横行していたタイ北部の土地をコーヒー農園に変える支援をし、ルワンダでは紛争で荒廃した土地をコーヒー農園として復興する技術指導を行なってきました。

「コーヒー市場は、石油に次いで世界で二番目に大きな市場です。そして、従事者数では世界で最も多いのがコーヒー産業なのです。本当に美味しい上質なコーヒーを生産者がつくり、消費者はそのコーヒーを楽しみ、その価値にお金を払う。そのサイクルが実現することで、生産者の生活は豊かになり、消費者も満たされてみんなが幸せになる。私はコーヒーの力で、世界を変えたいと本気で思っているのです」

コーヒーには世界を変える力がある。それは、世界の生産者と手を結び、労働環境や栽培技術を向上させながら、最高のコーヒーを世に送り出してきたからこそ感じる、確かな手応え。子どもの頃に心を躍らせたコーヒーへの憧れは、より大きな夢となり、今も川島さんを突き動かし続けているのです。

Information

川島良彰さん著書
川島良彰さん著書
上の川島さん著書は、Lichtpuntjeミッドタウンで読むことができます。
『私はコーヒーで世界を変えることにした』(ポプラ社)には、
川島さんのサインを入れていただきました!

主な著書に、『私はコーヒーで世界を変えることにした』(ポプラ社)、『コーヒーハンター』(平凡社)、『コンビニコーヒーは、なぜ高級ホテルより美味いのか』(ポプラ社)など。

ミカフェート(mi cafeto)

「ミカフェート」とは、スペイン語で“私のコーヒーの樹”を意味する。世界のコーヒー農園開発や技術支援も手がけ、コーヒー豆の輸入・販売を行なうほか、コーヒー及びコーヒー豆に関するコンサルティングなども担う。また、日本航空や東京大学などとパートナーシップを組み、「ミカフェート」のコーヒーを提供。さらに、国内外9か所にカフェ&ショップを展開中。画像は、2015年12月にオープンした横浜元町店。ここでは、ランチメニューのほか、菓道家・津田陽子さんの8種類のタルトを提供。料理に合わせてワインの種類を選ぶように、タルトそれぞれに合うコーヒーを提案している。

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